最近、メディアや映画などで人気を呼んでいるハワイ。

その人気の秘密は
「温暖な気候」であり、「スポーツ(サーフィン、カヌー、ダイビング)」であり、
「音楽・Hula」であり、それらの人々の嗜好をくすぐる要素は
多岐にわたります。
さらに日本国内でもハワイに負けず劣らず
美しい島「沖縄」の人気も上昇中です。

その「沖縄」でハワイを再現したい、
という発想から生まれたこの
「沖縄ハワイアンサミット」は

日本中のハワイを愛する人々が沖縄に集い、
一日中ショーや音楽、交流や情報交換、食にショッピング、
そしてただ、ただ、ハワイアンを楽しむだけの一日を提供いたします。


【主催者略歴】
沖縄ハワイアンサミット開催にあたり。

TonyTauvela

1973年にホノルルのラジオ局KKUAでDJ.を始める。
それをきっかけに1974年にディナーショーの司会としてデビュー。
ワイキキのニュートーキョーをはじめ、 パシフィックビーチホテル・グランドボールルームショー、
クイーンカピオラニホテルALMAKAHINUショーなどに出演。
1986年の秋から日本在住。1986年にはフラスクール「Mele'Ohana O Kahoku」を設立。
現在では東京、神奈川、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡、熊本、鹿児島にスタジオを持ち、
総生徒数は560名。さらにサテライトスタジオとして、
日本中に及び、長野、湘南などを始め約43校。総生徒数は推定4,600名に及ぶ。また、イベントライブなどでの総合プロデュースなどを兼任。
品川パシフィックホテル・ブルーパシフィック/新宿センチュリーハイアット・ラプソディー/
横浜ランドマークタワー70F・シリウス/お台場レストラン・サムチョイ/神戸オリエンタルホテルメリケンパーク/
新宿京王プラザホテルでのショー、 2002年3月3日に大阪バナナホールでのコンサート、
2003年8月浅草ビューホテル・ハワイアンサマースペシャルなど、
数え切れないほどのライブとディナーショーに出演、プロデュース。また文化的な活動の一環として
FestivalFive:ハワイアンミュージシャンのみで構成されるコンサートを1992年から13年間開催。
チャリティフラコンペティション:Hoolauleaを2001〜現在まで開催。
現在では日本で一番出場スタジオの多いコンペにまで成長。

ミュージシャンとしての活動は、
1996年にファーストアルバムが発売され、2001年にはハワイにて多くの有名ミュージシャン仲間との
AlohaなセッションがCDにされた。そして、来日20周年を迎えた2005年・春・・・
あのメリーモナーク・フラフェスティバル前夜祭へ東京より総勢80名のダンサーを 引き連れ堂々の出場。
地元ハワイアンを驚かす斬新な演出で、会場を感動と興奮で包み込んだ。スタジアムにいつまでも
鳴り響いた、割れんばかりのスタンディングオベーションと翌日の一面を飾った地元紙がその才能を証明している。

レイナニ・グループ

15年前、 私共は本土から沖縄に移住しました。
当時はそれぞれフラとウクレレのレッスンを受ける為、
東京へ通っておりました。
その頃トニー・タウヴェラ先生との出会いがあり
指導を仰ぐ事となりました。
そして当地でフラ、ウクレレの同好の人たちが集まりだして
レイナニ・グループを沖縄に開設しました。
目標としては“ハワアンフラ・音楽の底辺を広げて皆で楽しく、
沖縄の力チャーシーの様になったら
どんなに良いだろう”と思い
スタジオ・カルチャー・サークルの拡充に力をいれ
幸いにも指導者も育ち、
グループ所属の生徒が900名以上になりました。
現在も沖縄の数々のイベントに参加しています。

活 動 記 録 
・ 那覇まつり(10年連続出演)
・ キングカメハメハ日本大会
 第一回、二回参加

・ 世界うちなんちゅう大会
(2001年、2006年)参加

・ 沖縄ハワイ移民100周年(ハワイホノルル)参加

・ ホオラウレアフラコンペティション(東京日比谷公会堂)参加

・ 糸満の平和祈念堂鎮魂ハワイアンコンサート主催
(2004年、2006年)

・ 国立劇場おきなわで第二回レイナニ・グループ発表会開催

・ 沖縄県内(沖縄市・宜野湾市・裏添市・那覇市)文化祭に出演
                                  等々